近世春画班研究会①レポート

研究代表者: 石上阿希

開催期間 :平成 29 年 6 月 23 日(金)

開催場所: 国際日本文化研究センター 図書館

報告:
本研究会では、東京・京都の摺師、彫師と協働で日文研所蔵鳥居清長筆「袖
の巻」の復刻を進めている。今回の研究会では、彫の作業が進んでいる一図
について、摺見本と原本とを比較し、彫・摺作業の校正を行った。江戸時代
の技術に対する理解を深め、その成果を再び彫・摺作業に還元するために、 浮世絵研究者と職人との間で彫・摺について議論を行った。

出席者:9名
渡辺和夫(渡辺木版)、 高橋由貴子(株式会社 高橋工房)、 朝香元晴 (匠木版工房)、 佐藤景三(佐藤木版画工房)、 北村昇一(北村木版工房)、 中山誠人(佐藤木版画工房)、 早川聞多(日文研・名誉教授)、 石上阿希(日文研・特任助教)、 今井秀和(日文研・機関研究員)

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古代・中世班 H29年度共同研究会②レポート

研究代表者:荒木 浩

開催日時:平成29年8月1日(火)・2日(水)

開催場所:国際日本文化研究センター 第1共同研究室

参加人数:34名+オブザーバー若干名

報告:

古代・中世班のH29年度第2回共同研究会は、合山林太郎(慶應義塾大学准教授)主宰の「日本漢詩文における古典形成の研究ならびに研究環境のグローバル化に対応した日本漢文学の通史の検討(日本漢文プロジェクト)」(国文学研究資料館・公募型共同研究)との合同開催で8月1日・2日の2日間にわたって行われた。古代・中世班リーダーの荒木浩から参加者に向けて、大衆文化プロジェクト全体の構想および第1回研究会の成果報告、さらに今後の展開および具体的な開催予定に関する説明が行われた後、参加者の自己紹介が行われた。

初日の1本目の報告、合山林太郎の「様々なる<和漢>:日本漢文学プロジェクトの成果と展望」は、国文学研究資料館の「日本漢詩文における古典形成の研究ならびに研究環境のグローバル化に対応した日本漢文学の通史の検討(略称:日本漢文学プロジェクト)」の概要を紹介するものだった。プロジェクトの柱は2つあり、ひとつは日本漢詩文の“古典”や“名作”がどのような経緯を経てそのようにみなされていったか(名詩形成)を詞華集の網羅的蒐集を通じて総合的に分析すること、もうひとつは時代区分や研究史などの基礎的な概念などを、世界的な視野から再検討し、日本漢文学の新たな通史を構想することである。ただし、日本漢文学は、常に中国からの影響を受け、前代の日本からの連続性が乏しいという事情もあり、通史を作る上で依然として課題が多いことも指摘された。漢詩文の大衆化・日本化の歴史を追うという視点は、大衆文化プロジェクトの今後の方向性を考える上でも有益であろう。

2本目の報告、劉雨珍(南開大学教授・日文研外国人研究員)の「筆談で見る明治前期の中日文学交流」は、漢字文化圏独特の交流手段である筆談に注目したものである。この報告は、清国初代公使として明治10年から明治15年まで2本に駐在した何如璋、副使の張斯桂、参賛官の黄遵憲らと、元高崎藩主の大河内輝声、漢学者の宮島誠一郎、石川鴻斎、増田貢、重野安繹、青山延寿らとの間で交わされた筆談を中心に、明治前期、東京を舞台に展開された日中文化交流の実態に迫っており、非常に興味深いものであった。大河内輝声が通訳を拒否して、筆談にこだわったエピソードは、漢字が東アジア文化圏の共通語であったことを象徴しているように感じた。また、清の外交官が紅楼夢を、日本の漢学者が源氏物語を紹介するなど、日中の文化人が自国文化をどのように認識していたかが端的に示される点は筆談という史料の魅力であると考える。

初日の総合討議では、合山報告に対して、中国の漢詩文が日本でどのように受容されたかという視点だけでなく、日本の漢詩文が中国でどのように受容されたかという視点も必要ではないかとの指摘がなされた。また劉報告に関連して、韓国やベトナムの日常生活の中から漢字が消えつつある現在、東アジアにおける筆談による文化交流の時代を見直すことにどのような意義があるかという問題について議論があった。また両報告に対し、文学の議論に特化しすぎており中国思想の問題が抜け落ちているのではないかとの意見もあった。

2日目の1本目の報告、エドアルド・ジェルリーニ(カフォスカリ・ヴェネツィア大学、博報財団フェロー・日文研外来研究員)の「文学は無用か「不朽の盛事」か―平安朝前期に見る「文」の社会的役割とその世界文学における位相」は、ヨーロッパと東アジアの古典を比較するというアプローチによって、菅原道真の応制詩を再評価するものだった。伝統的な国文学研究では、宮廷詩人としての菅原道真の詩は、故事や中国古典を引用する過剰に装飾的な詩で、オリジナリティに乏しく「真の詩」ではないと軽視されてきた。しかし道真は嵯峨朝の文章経国思想を継承し、詩宴という公的儀式において「詩臣」として政治的役割を果たすという信念に基づき貞観・元慶期の詩人無用論に対抗した。こうした道真のあり方は、ロマン主義以前のヨーロッパの詩人に近似するという。現代の文学概念を基準に、全てのテクストを文学か非文学かを区別し、後者を貶めがちな文学研究の問題点も指摘された。

2本目の報告、葛継勇(鄭州大学、日文研外国人研究員)の「「東国至人」から「郷賊」へ、「還俗僧」から「取経者」へ――留学僧円載の人間像と唐人送別詩」は、円仁・円珍と同時期に唐で仏教を学んだ円載の実像に迫るものである。円載は在唐留学四十年間の、帰国の途に着いたが、船が難破し、横死を遂げた。このため、無事に日本に戻った円仁・円珍が天台宗の双璧として尊崇されたのに対し、円珍と確執のあった円載は「破戒僧」などの悪評を得た。本報告は、円仁・円珍の日記・伝記・奥書・経典注疏などの諸史料や、唐人が円載に贈った送別詩を詳細に分析することで、円載が名利を求めず国費留学僧としての使命を全うしようと刻苦勉励し唐人にも求法者として尊敬されていたことを明らかにしている。円載の在唐中の交友は、日唐文化交流史を進展させる上で貴重な事例と言えよう。

ディスカサントの滝川幸司(京都女子大学)は、ジェルリーニ報告に対し、詩と政治が不可分に結びついていたのは嵯峨朝に限ったことではなく、「嵯峨朝の文章経国思想」と特別視すべきではないと指摘した。また日本における日本漢文学研究では、抒情詩中心的な見方は克服されつつあると述べた。葛報告に対しては、円載に対する唐人送別詩を正確に解釈するためには、阿倍仲麻呂など他の留学日本人に対する唐人送別詩との比較を進め、唐人送別詩の類型性を解明する必要があると指摘した。

2日目の質疑・総合討議では、ジェルリーニ報告・葛報告がそれぞれ提示した漢詩の解釈に対して異論が提出されるなど、活発な議論が交わされた。

2日間にわたる研究会において、日本文化の基底と総体を考える上で欠かすことのできない〈漢文〉について、国際的・学際的な視点で議論を積み重ねることができたと考える。

 以上

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近代班 H29年度共同研究会②レポート

研究代表者:細川 周平

開催日時:平成29年7月22(土)・23日(日)

開催場所:国際日本文化研究センター 第5共同研究室

参加人数:21名+オブザーバー若干名

報告:

近代班のH29年度第2回共同研究会では、3名の報告者による研究報告のほか、総合討論、および今後の展開や具体的な開催予定に関する話し合いが行われた。

まず、報告1の福田裕大氏(近畿大学国際学部・准教授)による「フランス、黎明期の録音技術:レオン・スコット・ド・マルタンヴィルの業績を再検討する」では、19世紀に「フォノトグラフ(音の振動を視覚的に記録する機器)」を考案したフランス人技師、レオン・スコット・ド・マルタンヴィルに焦点が当てられた。同報告では、スコットの業績や知的背景、さらに「フォノトグラフ」制作過程における人間関係や各知的階層との関連性、当時のフランスの科学制度など、非常に多角面からの検討による見地が示された。終盤では、それまでの考察の集約として、アメリカでエジソンが開発した音響装置「フォノグラフ」の前物として捉えられてきた、「フォノトグラフ」やスコット自身の評価へのアンチテーゼが示され、聴覚文化論からの興味深い再評価が提示された。

報告2では、城一裕氏(九州大学芸術工学研究院・准教授)により「ポストデジタル以降の音を生み出す構造の構築」というタイトルで報告が行われた。音響技術においてデジタル、そしてポストデジタルといわれる各時代を経るなか、なおデジタル音響技術は着実に進歩を遂げている一方、徐々に音を生み出す構造自体に対する関心は低下しているという。このような背景のもと、城氏は現在、最終的な音の生成にデジタル音響技術を用いることなく、機械による「針の振動」・電磁気による「歯車の回転」・生物の「筋肉の収縮」という3種の物理的な手段を用いて音を生み出す構造の構築を模索している。今回は、その過程報告が行われ、メディア・テクノロジーに批評的に向き合いつつ、技術の人間化の一例としての表現のあり方を探っている城氏の新たな研究に、今後の期待が高まった。

報告3の柿沼敏江氏(京都市立芸術大学・教授)による「オノ・ヨーコと音」では、時として芸術家やジョン・レノンの妻としての顔をクローズアップされる傾向にあるオノ・ヨーコ(小野洋子)の、音楽家としての側面に焦点を当てた報告が行われた。その中で柿沼氏は、オノ・ヨーコが重視した「音」に着目し、彼女による音源・著作、そしてオノ・ヨーコの来歴を具体的に示すことによって、オノ・ヨーコの「音」感覚や様々な領域(〈アート×日常〉〈芸術×音楽〉〈言葉×音楽〉など)を越えるアーティトとしての一面など、オノ・ヨーコと「音」を巡る興味深い示唆を提示した。

最後に行われた総合討論では、19世紀の音響記録装置から21世紀のデジタル化された音の利用と創作、さらには、音・音楽をめぐる研究倫理に至るまで、多岐にわたる内容が議論の題材にあがった。そこでは各分野の研究当事者たちによる白熱したディスカッションが行われ、共同研究メンバー間の今後の議論の深化、ひいては研究の発展に期待が高まった。

以上

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